鼠径ヘルニアは、腹壁(お腹の表面)に発生するヘルニアの一種で、腸管や脂肪組織が腹膜に包まれた状態で体外に脱出する疾患です。特に「鼠径(そけい)」と呼ばれる下腹部に発生し、俗に「脱腸」と呼ばれることもあります。このコラムでは、鼠径ヘルニアの基礎知識や治療法、さらに当院における先進的な取り組みについてご紹介します。
鼠径ヘルニアは、鼠径部にある筋肉や筋膜が弱まり、腸管や脂肪組織が鼠径管と呼ばれる通り道から脱出することで発生します。鼠径管は、男性では精管(睾丸へ続く通路)、女性では円靭帯(子宮を支える組織)が通る場所です。
症状としては、以下のものが挙げられます:
鼠径部の膨らみ(触れると柔らかく、押すと一時的に戻る)
立ち上がったり、咳をしたり、重い物を持った際に膨らみが目立つ
痛みや違和感(初期には軽度だが、進行すると強くなることも)
進行すると腸管や脂肪が戻らなくなる状態(嵌頓:かんとん)に至ることがあり、この場合は血流障害が生じ、放置すれば腸管が壊死して腹膜炎を引き起こすリスクがあります。
鼠径ヘルニアの発生には加齢による筋力の低下が主な原因とされていますが、以下のリスク要因も挙げられます:
慢性的な咳や便秘
重労働や激しい運動
前立腺手術後の状態
遺伝的要素や体質
高齢男性に多い疾患ですが、若い方や女性でも発症する場合があります。
鼠径ヘルニアは放置しても治ることはなく、次第に増大していくのが特徴です。軽度のうちは膨らみが元に戻る場合もありますが、放置すれば嵌頓に至るリスクが高まるため、治療が必要です。
鼠径ヘルニアの治療法は手術が唯一の根本的な手段です。薬物療法や圧迫療法は効果がなく、手術による修復が必要です。
当院では基本的に手術前日に入院し、術後2日目を退院目標とし、3泊4日の入院としています。
近年の手術法の進化
従来の手術法では再発率が高く、慢性的な痛みなどの問題がありましたが、近年では「メッシュ」を用いた術式が主流となり、再発や合併症が大幅に減少しました。特に以下の術式が広く採用されています。
Mesh plug法
ヘルニアのうを処理した後、ヘルニア門をコーン型のプラグでふさぎ、鼠経管後壁を平面型のメッシュで補強する方法です。術式が平易で広く普及しています。
Kugel法
非吸収性メッシュ(Kugelパッチ)を腹膜と鼠径管の入口(内鼠径輪)との間に挿入することで、腹圧を利用して穴を塞ぎます。この方法は、再発率が低く、慢性的な痛みもほとんどない合理的な術式です。
腹腔鏡手術(TAPP法)
腹腔内からヘルニアの発生箇所を直接観察できる手術法です。反対側の鼠径ヘルニアを同時に治療できる、嵌頓に対する緊急手術が可能などのメリットがあります。また、傷が小さく、術後の回復が早いのも特徴で、当院では第一選択としています。
左図はKugel法で⽤いる⾮吸収性のパッチです。右図は腹腔内から観察した写真です。
臍(へそ)含めて3ヶ所孔を開けて手術します。
両側そけいヘルニアの症例です。左にはヘルニアの入り口が見えています。右は腸管が陥入している状態です。
腹膜を一旦剥がしてヘルニアを戻した後、メッシュを入れます。
腹膜を縫合して手術終了です。
当院では、2006年からヘルニア外来を開設し、2023年には163件の鼠経ヘルニア手術を実施しました。3人のスタッフが中心となり、手術技術の標準化を進めることで、合併症の発生を最小限に抑えています。また、術後も定期的に診察を行い、再発や合併症に迅速に対応できる体制を整えています。
手術件数が多いことから、患者一人ひとりに最適な治療法を選択することが可能です。

2023年の日本全国の手術統計(National Clinical Database)によると、鼠径ヘルニア手術は約14万5千件行われ、そのうち腹腔鏡手術が57%を占めました。これは従来の術式から腹腔鏡手術への移行が進んでいることを示しています。当院でも、腹腔鏡手術を第一選択とし、患者さんの状態に応じて最適な術式を選択しています。
鼠径ヘルニアは、早期に診断し治療することで、生活の質(QOL)を大きく向上させることができます。池田市や豊中市、箕面市、吹田市、川西市などにお住まいで、鼠径部に腫れや痛みを感じた場合は、ぜひかかりつけ医にご相談の上、紹介状を持参して当院を受診してください。
当院では、最新の技術と長年の実績に基づき、患者さんにとって最適な治療を提供します。鼠径ヘルニアの症状でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
消化器外科
鼠経ヘルニアについて、よくある質問とその回答をまとめました。
参考にされてみてください。
Q.鼠径ヘルニアの原因は何ですか?
主な原因は加齢による筋肉や筋膜の弱まりですが、重いものを持ち上げることや慢性的な咳、便秘、肥満など、腹圧がかかる状況もリスクを高めます。先天的な要因で若年者にも発症することがあります。
Q.鼠径ヘルニアの症状にはどのようなものがありますか?
鼠径部の膨らみや違和感が代表的な症状です。立ったり咳をしたりすると膨らみが大きくなることがあります。進行すると痛みを伴ったり、膨らみが戻らなくなる場合もあります。
Q.鼠径ヘルニアは放置しても大丈夫ですか?
放置すると症状が悪化し、腸や脂肪が戻らなくなる嵌頓(かんとん)という状態になる可能性があります。この場合、腸が血流障害を起こして危険な状態になるため、早めの治療が必要です。
Q.鼠径ヘルニアの治療方法は何ですか?
治療は手術が基本です。圧迫療法や薬物療法は効果がありません。現在ではメッシュを用いる手術(例えばKugel法や腹腔鏡手術)が主流で、再発率が低く合併症も少ないとされています。
Q.手術後の回復にはどれくらい時間がかかりますか?
術式や患者さんの状態によりますが、腹腔鏡手術の場合は翌日から日常生活が可能になることが多いです。通常、軽い運動は1~2週間後から再開できますが、重いものを持つ作業は数週間避ける必要があります。
Q.鼠径ヘルニアは再発することがありますか?
適切な術式を選べば再発率は非常に低いです。しかし、重いものを持つ仕事や肥満、強い腹圧が続く生活習慣がある場合、再発のリスクが高まる可能性があります。
Q.鼠径ヘルニアは女性にも発生しますか?
はい、女性にも発生しますが、男性の方が多く見られます。女性の場合、大腿ヘルニアが発症することもあります。これは鼠径部よりやや下に膨らみが見られる病態です。
Q.鼠径ヘルニア手術は入院が必要ですか?
軽症例や腹腔鏡手術の場合、日帰り手術が可能なケースも増えています。ただし、患者さんの年齢や健康状態、術後のフォロー体制によっては数日間の入院が必要なこともあります。医師と相談して決定してください。
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